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中2の秋ごろ彼の中学での進路面談が行われたときだった。彼はボソッと一言。
「俺、普通科の高校に行きたい」
沈黙の時が流れる・・・。その沈黙の時を一気に掻き消すように
彼は思いもよらぬ担任の反応に動揺した。彼は担任が自分成績の範囲内で進路先を探してくれるものとばかり思っていたのである。あまりにもあっけない担任の反応を彼は納得できないでいた。担任は彼の成績が載っていると思われるファイルを見ながら、彼の現状について再び話し始めた。その瞬間である。
担任が見ていた成績表の中身が彼の目に飛び込んできたのである。担任は、机の上に成績表を開けたまま話していた。
はっきりとは見えなかったが、クラス全員の名前が書いてあり、それぞれの名前の隣に数字が書いてあることだけは確認できた。
「普通科には行けない」そう言った担任の根拠がそこにはある。彼はどうしようもなく見たい衝動に駆られた。彼は担任の話を聞くふりをしながら、視線だけは机の上の成績表に向け続け、自分の名前を見つける機会をうかがっていた。
しばらくの担任とのやりとりの中、ついに彼は自分の名前と隣に書いてある数字を見つけ出すことに成功した。
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最初その数字の意味が理解できなかった。またしばらくの間、成績表を見ていると、他の生徒のさまざまな数字が目に飛び込んでくる。2桁の数字や、1桁の数字。しかし、2桁の数字はたくさんあれど、10の位の「4」という数字はなかなか見当たらない。
再びその数字の意味を考えていると、突然彼は身震いとともに「43」という数字の意味を認識した。当時彼のクラスは45人の生徒がいた。そうだ、その数字はクラス順位だ。なかなか10の位の「4」という数字が見当たらないはずである。
彼はクラスで45人中43位だったのである。
担任が言った言葉のすべてを受け入れざるを得ない現実に直面したのである。
あまりに過酷な現実が彼に突きつけられた。人はつらい現実に直面すると、悲劇の同士を探そうとする。彼もその例外ではなかった。彼は自分と同じ位置にいるものを担任が持つ成績表から再び探し出そうとした。
彼はその照準を彼の席のとなりの女子に向けた。なぜなら、彼女とは普段から仲が良く、勉強に関してもさほどできるふうでもなく、彼女だったら自分と同じくらいにちがいない、そう思ったからである。そして、彼のクラスの席順は出席番号順で決められていたため、彼の名前のとなりには彼女の名前があった。自分の名前の位置をだいたい把握していたので目線を隣に移すだけで見ることができる。
彼女は自分と同じに違いない。彼はそう思った。彼にはそう見えていた。
彼は再び担任が話しかける隙を見計らって、担任の前に置かれた成績表を見た。再び自分の名前を見つけ出し、そのまま視線を横にずらした。彼女の名前を見つける。そのまま視線を定め、その一点を凝視する。棒のような数字がチラチラ見える。
まさか・・・、なんと。
彼が認識した数字は「1」であった。そう、彼女はクラスで1位だったのである。
彼女とは、彼が考えていた「同士」の関係ではなかったのである。どうしようもない悲壮感と劣等感が彼を襲う。さらに、彼女の成績を覗き見たことに対する後悔の念と自分の人間の小ささに苛まれた。
中学生時代には「テスト生」と呼ばれた高木。14年間の塾講師経験を持つ。
後に彼は彼女と同じ高校へ行くことになるのだが、彼女は高校卒業後、東大へ進学した。![]()
その面談も終わり、失意のどん底に落ちていた彼は、自分の現実をどう打破すれば良いのか分からないでいた。そんな状況を見かねた彼の母が、成績が良く伸びると評判の塾に入ることを彼に勧めた。彼は、わらをもつかむ状況で母の指示に従った。
しかし、そこでもさらなる試練が彼に立ちはだかる。
その塾には何と入塾テストがあり、そのテストに合格しなければ入塾はできない。
1度目の入塾テスト不合格。
2度目の入塾テスト不合格。
何と彼は塾にも入れてもらえない状態であった。しかし、2度に渡ってのがんばりが認められ、テスト生としてなんとか入塾させてもらえたのであった。テスト生とは、1ヶ月間その塾で学び、その後のテストで良い結果が出せれば正式な塾生として認められるという制度である。
もう彼のプライドはずたずたであった。しかし、そこまでの屈辱感を味わいながらも、彼は今度ばかりは現実を直視し、逃げようとはしなかった。何としてもこの現状を脱却したい。そう考えるようになっていた。

しかし、塾での日々は彼にとって甘いものではなかった。ことあるごとに「テスト生の君」と呼ばれるのである。そう呼ばれる度に他の塾生が自分をあざ笑っているように彼には見えた。彼の塾での日々は、勉強が解るようになるとか将来のためとかそんな高尚なものではなかった。ただ恥をかかないようにと、日々過ごしていただけであった。しかし、恥をかかないための勉強ではあったけれども、毎日、自分の部屋にこもり、勉強するようになり始めていた。彼の中で何かが変わり始めた・・・。
そして1ヶ月後、努力の甲斐あって何とか、正式な入塾が認められたのである。
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そのころには一定に勉強する癖がすでについていた。入塾当初のころは、さまざまなものを覚えることに苦労していたが、アスリートが強靭な体を手に入れるため、筋肉に負荷を与えるように、彼は日々勉強することで脳に負荷を与えていた。
ある程度の量を与えられても覚えることができるようになり、中間・期末テストに関しては点数が取れる実感をそのころには得ていた。 しかし、実力テストでは中間・期末テストの感覚で点を取れるところまでは、まだ到達していなかった。だが、夏休みを境に彼に変化があらわれるようになる。
彼が通っていた塾では毎年夏期講習会が実施される。その講習会では、問題を大量に解く。そんな中、言葉では表現できないテスト慣れとでも言うのであろうか、今までとは違ったテストに対する感覚が彼に宿り始めた。最初は取れないでいた実力テストの過去問題も、夏休みの後半になるにつれて点数がどんどん上昇していった。もしかしたらいけるかもしれないという自信も彼に宿り始めていた。
夏期講習会終了後、学校で岐阜新聞テストが実施された。その結果は高校の進路に大きく関与する重要なテストである。このテストで人生が決まる。そんなふうに彼は思っていた。

第1回岐阜新聞テスト終了。
テスト終了後自己採点をしてみる。彼は自分の出した結果に驚いた。
彼はなんとテスト生という烙印を押されたころからは想像つかない2倍の成績にまで上昇させてしまったのである。彼の心を覆っていた劣等感と屈辱感が一気に氷解していった。
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たかがテストの結果と笑うかもしれない。しかし、テスト生と烙印を押され、一度は自分を卑下した、劣等感のかたまりの人間がここまでやれることができたのである。彼は実感した。

そこから彼の人生は変わった。あの中2の面談の時、もし自分に対してあきらめていたならば、あの時、もし現実を受け入れず、現状から逃げていたならば、今の彼の人生はない。あの成功体験が今の彼の生き方を決定づけたのである。
今彼はその経験を生かし塾講師をしている。すでに11年の歳月が過ぎようとしていた。
彼は言う。
「なんでも良いんです。スポーツだって勉強だって。自分の現状の壁を越え、成功体験を実体験することは、彼らが社会に出てさまざまな壁にぶち当たった時、彼らを助けてくれる心のよりどころになるんです。壁を乗り越えた感覚を知っているものは、その感覚を基準に行動を移す。努力する先の感覚が分かっているから頑張れる。努力する先が見えないものに対して人は動きませんから。」
今も彼は教壇に立ち、教え続けている。
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今年、8年間ともに歩んできた生徒が医学部に合格した。医学部受験の面接試験で、面接官に「尊敬する人は誰ですか。」と聞かれた時、「立志塾の高木先生です。」と答えたと彼から聞いた。国立大学医学部の面接試験でである。私は彼が面接官に言ってくれたこの言葉を一生忘れない。そして、彼に出会えた感謝の気持ちと、彼と小学校5年生から高校3年生までの8年間、共に歩んでこれた喜びで今も胸がいっぱいになるのである。(高木 2004年3月)
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